2016年10月29日土曜日

ozonru.com

ロシアのインターネットショップのオゾン(www.ozon.ru/が重たいなあ、カートに商品が入らんなあと思っていたら、国外からの注文はozonru.com(https://ozonru.com/)から行うように変わっていたのである。ozon.ru Internationalとある。以前の発注などの履歴は引き継がれていて、商品の価格表示はドルでも円でも可能である。近年のルーブル安で、今では1ルーブル2円を切っているのでこの機会は外せない。

振り返ると、もう15年くらいは使っているようだ。昔はSF関係の書評が充実していて、ロシアSFの情報収集はまずはオゾンからという使い方をしていたが、それも10年以上前のことになった。一方で、古本が断続的に出てくるようになったのはありがたい。昔買い逃した本や、ソビエト時代の本が手に入るようになったのは大助かりである。むしろ、近年の小部数の本より、大部数が刷られていたソビエト時代の本の方が手に入りやすい面がある。日本の古本市も同じだけど、少量多品種化すると、探してる本が見つかりにくくなるのは当然。そもそも僅少な部数しか出版されていない本を探し回るのは至難の業である。以前、ロシアを旅行した時、オゾンで販売されていない本のリストを作って現地で探し回ったことがあったが、ほんまに数冊手に入った。われながら執念を感じる。ロシアは古本はネットで探し、新しい本は現地で探すのがいいですね。

2016年10月25日火曜日

「ドーキー・アーカイヴ」とフォーマット

国書刊行会の「ドーキー・アーカイヴ」のサーバン『人形つくり』に挟まれていた若島正・横山茂雄対談を読んで、よくもこんなに知られていない作家の本のことを楽しそうに話すなあ、ロシアではどういう作家がこうしたラインナップの顔ぶれになるのだろうかと思った。ある程度、SFなどジャンル小説のフォーマットができていないと成り立たない顔ぶれである。この叢書の趣旨は、ジャンル小説のフォーマットがまずあって、作者はその枠で書いているんだけど、作家の個性のせいなのかなぜかはわからないが、知らないうちに枠からたくさんはみ出てしまう訳の分からない秘密の面白い作品がありますよということだと思うので。

ロシアの現代SFの出版状況を考えると、コンピューターゲームの設定を借りたシェアワールドものが氾濫していて、若手作家はそういうのに乗っかって書かなければならない。『メトロ2033』のグルホフスキイやパノフの"Тайный город"シリーズなど、元々はその作家のシリーズなのにシェアワールドものに発展したものもある。そうした状況の中で、フォーマットの中で好きなことをやっている作家もいるのだろうが、作品は素晴らしいのに"неформат"として、そもそも出版社にまったく相手にされない作家もいるので、まずはフォーマットでデビューするという流れをまだあまり肯定的にはとらえられないのである。

ソ連時代を振り返ると、スターリン時代には社会主義リアリズムというまさにフォーマットが権勢を振るっていた。フォーマットしかない時代においてはその中からとんでもない怪作が現れる。ロシアSFの「第2の波」と呼ばれる1940年代から50年代初頭の時代は特にそうである。ワジム・オホトニコフの短編"Ахтоматы писателя"も変だし、カザンツェフやネムツォフにもたいへんな作品があるらしい。そういうのを発掘していくのはまさに砂漠で砂を探すような作業で、よっぽどの好き物でないと務まらないだろう。いや、ほんと。

2016年10月24日月曜日

ニコライ・ルィニンの"Межпланетные сообщения"復刊

かつて、深見弾編『ロシア・ソビエトSF傑作集』(創元SF文庫)の巻末開設で触れられていた、ニコライ・ルィニン(1877~1942)の"Межпланетные сообщения"(全9巻。1928~32年)のうち1~3巻が、先日から紹介しているПрестиж Бук社から、今年、復刊されていた。数年前に2巻と3巻は"Космические корабли"と"Лучистая энергия"として復刊されていたが、今回は第1巻から3巻までまとめて1冊で復刊されている。全9巻は宇宙に関するあらゆる情報を、神話からロケットの構造まで網羅的に扱ったもので非常に重要だが、第2巻と3巻は、それまでどういうSF作品が書かれてきたかという書誌情報としても読めるので、特に貴重な一冊なのである。こんな本が復刊されるとは、生きているだけでもありがたいことである。


2016年10月23日日曜日

イリヤ・ワルシャフスキイ3巻選集

Престиж Бук社から、今年、イリヤ・ワルシャフスキイの3巻選集が刊行された。彼が亡くなったのは1974年だが、2010年になって未刊行の短編が見つかり、出版されてきた。
彼の作品を再発掘して出版したのは、イスラエルの出版社"Млечный Путь"(イスラエル在住のSF作家のパーヴェル・アムヌエリが主導)で、”Электронная совесть”というタイトルの作品集を2011年に刊行した。しかし、この作品集はプリントオンデマンド形式で刊行され、なおかつ、ロシアから見れば在外出版となるのであまり流通しなかったのである。

ワルシャフスキイは1908年生まれで、SFを書きだしたのは1960年代になってからと遅く、軽妙なユーモアと機智に富んだ短編を得意とし、日本にも多くの作品が翻訳された。『夕陽の国ドノマーガ』(大光社)という邦題で短編集が刊行されている。その前半生は日本ではあまりよく知られていないが、彼の妻ルエッラは、1920年から21年にかけて一時的に成立した極東共和国の大統領アレクサンドル・クラスノシチョコフの娘で、『極東共和国の夢』(未来社)を著した堀江則雄氏は晩年の彼女にインタビューをしている。しかし、同書では彼女の夫のことは触れられていない。後半生のことも聞かれているはずだが、惜しい……。ルエッラはオシップ・ブリークの家に同居していたことがあり、リーリャ・ブリークとマヤコフスキイとの複雑な関係も目の前で見ていた。その頃に、ルエッラはイリヤと出会い、結婚したのだが、独ソ戦のレニングラード包囲の際は、命からがらイリヤが脱出したもののソ連側から身元を疑われてアルタイに送られるなど、厳しい体験をしてきてこられた一家である。

1929年に彼がドミートリイ・ワルシャフスキイとニコライ・スレプニョフとともに発表した旅行記"Вокруг света без билета"が今回刊行された3巻選集には再録されており、これは貴重な再刊である。1974年にボリス・ストルガツキイがレニングラードでセミナーを開催し始めたが、彼はワルシャフスキイのセミナーを引き継いだような格好でもあるので、セミナー文化の先駆者的存在でもあった。ワルシャフスキイは1920年代にはフェクス(1921年から26年にかけてぺテルブルグで活動した前衛的演劇集団)に出入りしていたこともあるが、その後は船員を目指したり、工場勤めをしたりで過ごし、1962年にSF界にデビューするまで小説の筆はとらなかった。1920年代に小説を書いていて60年代にSFを書いた作家と言えば、他にはゲンナージイ・ゴール(邦訳に早川書房の「世界SF全集」に中編「クムビ」が収録された)がいるが、共に時代をつなぐ作家として大事な人だと思う。

ちなみに、イリヤとルエッラの息子のヴィクトル・ワルシャフスキイ(1933~2005)はサイバネティックスの研究者となり、1993年から2000年まで会津大学で教鞭をとられた方である。知らないことは多いが、世界はぐるぐる回っている。



2016年10月18日火曜日

Престиж Бук社のレトロ冒険・SF叢書

Престиж Букという出版社が«Ретро библиотека приключений и научной фантастики»という叢書を刊行していることに最近気付いた。これまでに出たタイトル一覧と予定の一部は下記リンクを参照。

https://fantlab.ru/series3122

1920年代から50年代のソビエトSFを中心にした叢書だが、翻訳や現代作家(エヴゲーニイ・ルキーンやワシーリイ・シチェペトニョフ)の作品も含まれている。

とは言え、圧巻はやはり1920年代から50年代の作品群で、アレクサンドル・ベリャーエフやカザンツェフ、アダモフの再刊もあるが、セルゲイ・ベリャーエフやミハイル・ズエフ=オルディネツのような深見弾さんの文章でしか接してない旧世代のソビエト作家、さらに、私も聞いたことのない名前がたくさんあって興奮する。ウラジーミル・ケレルという革命前の作家の作品集は実に約100年ぶりの刊行である。

ゲオルギイ・レイメルスという作家の作品も全く知らなかった。1960年代に書いていた人だが...まだまだ知られていない作家が埋もれてるものです。

2016年5月7日土曜日

ロシアSFの英仏訳アンソロジー

 ソビエトSFが国際的に注目されたのは、1957年にイワン・エフレーモフが長編『アンドロメダ星雲』を発表し、それに刺激されてストルガツキイ兄弟たちが次々とデビューしたことによります。
 ソビエト政府系の出版社として«Издательство литературы на иностранных языках» (Иногиз)があり、ソビエト作家の作品を他の言語に訳して西側諸国で刊行するという公式ルートが存在しました。この出版社から出た英訳版には«Foreign Languages Publishing House»と記されています。1959年には『アンドロメダ星雲』の英訳版と仏訳版が刊行されました。他にもアレクセイ・トルストイの『技師ガーリンの双曲線』の仏訳版(1959年)、オブルーチェフの『サンニコフ島』の英訳版(1955年)、『プルトニヤ』の英訳版(1961年)、1962年のアンソロジー«Destination: Amaltheia»があります。最後のアンソロジーにはストルガツキイ兄弟の初期長編«Путь на Амальтею»(1960)のほか、ベリャーエフ、ジュラヴリョーワ、ドニェプロフらの作品が収められています。
この組織は1963年に改編され、以後はミール社、プログレス社として展開します。日本で刊行されたプログレス出版所の現代ソビエトSFシリーズはこの流れの中で出版されています。
このほか、1960年にアシモフの序文付きで刊行された英訳アンソロジー«The Heart of the Serpent»には、エフレーモフ「宇宙翔けるもの」、ストルガツキイ兄弟「六本のマッチ」、のほか、ドニェプロフ、サパーリン、ジュラヴリョーワの作品が収められています。このアンソロジーはタイトルを変えながらも、1962年、72年、2002年にも再刊されています。
1963年にイギリスで刊行された«Russian Science Fiction»にはドリス・ジョンソンの翻訳により、11の中短編が訳されました。こちらにもエフレーモフの「宇宙翔けるもの」は収録されていますが、作家の選定がかなり変わっていて、ツィオルコフスキイ、ベリャーエフ、ゼリコヴィチといった1930年代までの作家に加え、なんと、ワジム・オホトニコフの伝説的怪作«Автоматы писателя»(1947)も収録。主流作家ウラジーミル・ドゥジンツェフの短編が1本入り、他にはドニェプロフ、ジュラヴリョーワ、サパーリン、ミハイル・ワシリエフという顔ぶれ。
 1969年にNew York University PressUniversity of London Press Limitedからそれぞれ刊行された«Russian Science Fiction 1969»には、ブランジス&ドミトレフスキイの評論に、ドニェプロフ「カニが島をゆく」、ゴール「庭園」、シェフネル「内気な天才」、ワルシャフスキイ「深夜の強盗」のほか、ルコジャノフ&ヴォイスクンスキイやヴラドレン・バフノフの短編が収録されています。
 1970年代後半から80年代前半にかけてはマクミラン社がストルガツキイ兄弟の作品を続々と刊行するなどの動きがありました。日本で言うと深見弾さんがストルガツキイ兄弟の長編を次々と翻訳していく時期に当たり、国際的な連動を感じます。
さて、ロシアSFの紹介者としての私の悲願は、1970年代以降の中短編のアンソロジーを出すことです。これは深見さんもついにできなかった仕事ですが、ロシアSFの中短編の質量は相当に分厚いので出そうと思えば何冊でも出せます。問題は最初の一冊としてどういう作品を選ぶかという点です。
ひとつの参考として、モスクワのラドガ社が1989年に出版した«Tower of Birds»という英訳版のアンソロジーがあります。このアンソロジーには1970年代から80年代にかけて書かれた作品が収められており、収録作家もヴィクトル・コルパエフ、オリガ・ラリオーノワ、キール・ブルィチョフ、セルゲイ・ドルガリといった60年代から活躍するベテランのほか、ボリス・シテルン、ヴャチェスラフ・ルィバコフといったボリス・ストルガツキイのセミナー出身の新しい傾向の作家が収録されている点に見識の高さを感じます。ミハイル・プホフやアブラーモフ親子といった旧傾向の作家も入って、当時としては相当にバランスを重んじた編集となっています。全く無名の作家も何人か入っているのはご愛嬌ですが……。

 しかし、なんと言ってもこのアンソロジーの目玉は、表題作のオレグ・コラベリニコフの怪作中編«Башня птиц»です。以前に京フェスに参加した時に紹介したことがありますが、シベリアの奥地で火災に巻き込まれて道に迷った主人公が精霊の導きで鳥獣と交感できるようになり最後は科学文明を捨てるに至るというテーマもさることながら、ラストシーンで病に苦しむ自称銀河大元帥が登場するという衝撃のストーリー展開に仰天した記憶があります。ソビエト時代の非常に特色ある詩人であるニコライ・ザボロツキイの詩が冒頭に掲げられているのですが、コスミズムがザボロツキイを通過していったらこんなのができましたという印象です。この中編は質量の面から言っても1970年代から80年代の新しい作家を代表する作品という位置づけで、確かにその評価は間違ってはいないのですが、あまりにも独特すぎて他の作品の印象が消えてしまうという、まったく編者泣かせの作品です。いつか日本に翻訳紹介される日は来るのでしょうか……。

2015年4月16日木曜日

ロシアSFの歴史と展望-久野論文への補足

先日、スラブユーラシアセンターから公刊された『ロシアSFの歴史と展望』に収められた諸論文は2005年12月に開催されたシンポジウム「ロシア・スラブSF幻想文学の世界地図」に基づいたものです。
私が執筆したボリス・ストルガツキイのセミナーについての論文と、たいへん拙いものですが、現代ロシアSF人名事典を収録していただきました。参考になれば幸いです。
 
巻頭に収録された久野康彦「SFという観点から見たВ.Ф.オドエフスキーのユートピア小説」は、分析の枠組みが整理されていてたいへん啓発的でしたが、少し補足したいと思います。本論文はダルコ・スーヴィンの『SFの変容』に依拠し、SFとユートピア小説を区分しながら、オドエフスキーの未完の作品「4338年」(邦訳は『ロシア・ソビエトSF傑作集』(創元SF文庫)に収録)のSF性を論じたものですが、論文の結びで、20世紀初頭の象徴主義の文学者ワレリー・ブリューソフが作品集『地軸』(有名な中編「南十字星共和国」のここに収録)のチェコ語版のために書いた序文を紹介しています。その序文で、ブリューソフは、この作品集に収められた作品は「現実と夢、ファンタジーと現実の関係に関する永遠の問題をポエジーという手段を借りて説明しようとする」ものだと述べ、この謎にロシアの作家でアプローチしたのは、19世紀後半の詩人チュッチェフとオドエフスキーだと書いています。
それに続けて、久野さんは、「もしかすると、オドエフスキーのユートピア小説がブリューソフのそのようなSF的作品の創作に与えた影響があるのかもしれない」とし、「表面には現れないものの、オドエフスキーのユートピア小説が、20世紀のロシアのSFの創作に何らかの影響を与えたという可能性も皆無だったとは言い切れない」と書いています。
私は、ブリューソフへのオドエフスキーの影響には詳しくありませんが、以前にこのブログの記事(http://rufantastika.blogspot.jp/2014/07/blog-post.html)で取り上げたように、ザミャーチンがロシアSFの伝統に触れない形でウェルズ論を展開したことに対し、ウラジーミル・スヴャトロフスキーという人物が『ロシアのユートピア小説』(1922)という評論を執筆し、オドエフスキーやセンコフスキーの名をあげてロシアユートピア文学の伝統を強調しています。ザミャーチンはウェルズやベラミーなどの欧米の潮流にも通暁し、当代一流のSF眼を持っていた作家ですが、彼に対してすぐに反論できるくらいの研究の蓄積は1920年代にはあったということです。
ただし、問題は、ブリューソフも一翼を担った20世紀初頭のロシア文学の「銀の時代」の諸作品の幻想性が、SFとどのように関連付けられるのかという点です。ストルガツキイ兄弟の作品を論じたイヴォン・ハウエルの «Apocalyptic Realism: The Science Fiction of Arkady and Boris Strugatsky»は、『滅びの都』などストルガツキイの後期作品の黙示録的イメージなどを取り上げた非常に示唆に富む研究ですが、結論部で、ストルガツキイ兄弟は「銀の時代」の後継者であるという記述が出てきます。しかし、同書はストルガツキイ兄弟と「銀の時代」のベールイやブリューソフらの作品を比較したものではなく、唐突な指摘との印象を免れません。「銀の時代」と後の時代のSF的作品との関係はもっと緻密な研究が必要とされるところです。
ブリューソフはゴーゴリを「ファンタスト」と呼びました。ベールイにも大部のゴーゴリ論があります。かつてベリンスキーらによって自然主義作家として高く評価されたゴーゴリは、「銀の時代」に幻想文学的視点から見直しが進みました。したがって、ゴーゴリをファンタスチカの祖としてとらえるボリス・ストルガツキイの言い分には伝統があるのですが、ゴーゴリから「銀の時代」、ブルガーコフというラインと、オドエフスキーからのSF的伝統、そこにザミャーチンも含めると、ロシアのSFの歴史は非常に入り組んでいて、一言では言い尽くせないものがあります。こういう研究に本格的に取り組もうとすると間違いなく人生が終わってしまうと感じます。